1 不動産売買契約は、公正証書による要式行為
カンボジア王国民法第336条第1項では、「契約は、申込と承諾の合致によって、そ
の効力を生じる」と規定し、第2項で「第1項の規定にかかわらず、当事者の一方が不
動産の所有権を譲渡し、又はこれを取得する義務を負う契約は、公正証書を作成した
場合にのみその効力を有する」と規定しています。
この既定の趣旨は、(i)安易に土地を譲渡しないようにするという譲渡者の保護、
(ii)消費者である買主が重要な財産を取得する契約において公証人が関与することによ
り、不適切な契約条項を警告するという譲受人の保護、また(iii)公正証書による不動産
売買契約の存在が不動産売買契約の明確な証拠となり紛争回避に資する点にありま
す。
このように、カンボジア王国においては、日本と異なり、当事者の一方が不動産の
所有権を譲渡し又はこれを取得する義務を負う契約(不動産売買契約)は、カンボジ
ア王国における公正証書による不動産売買契約書を作成した場合にのみその効力を
生じる要式行為です。
2 カンボジア不動産所有権の売買契約の効力について
カンボジア王国民法第135条(同法528条第1項で準用)では、「不動産に関する合
意による所有権の移転は、登記に関する法令の規定に従い登記をしなければ効力を生
じない」と規定されています。
そして、区分建物の専有部分の所有権を外国人に付与する法律第8条では「合意に
よる『特別区分所有権』(注)の移転は、登記に関する法令の規定に従い、登記を
しなければ効力を生じない」、同法第19条第1項では「登記及び所有権証明書の発行
の手続に関する法令の規定は、区分所有建物の特別区分所有権の登記及び所有権証明
書の発行の手続について準用する」と規定されております。
また、登記手続の詳細を定める民法関連の不動産登記手続に関する共同省令第5条2
項では、「本省令において、不動産上の物権の登記管轄機関は、不動産が所在する、
キャピタル(首都)/プロビンシャル(州)地籍管理所とする。」とされています。
このように、カンボジア王国では、日本と異なり、区分建物の専有部分の所有権の
売買契約による所有権移転の効力は、州・首都レベルの地籍管理所に登記がなされな
ければ発生しない効力発生要件です。
(注)「特別区分所有権」とは、「外国人及びクメール市民各1人以上が専有部分
の所有権を有し、共用部分の特別非分割所有権を有する1つの区分所有建物におい
て、これらの者が有する権利」(第4条第7号)です。
3 対象が特定されていない区分所有権の登記申請
不動産売買契約書に平米数だけが書かれており、専有部分である部屋番号が特定できない
場合には、登記申請は受理されず、共有持分の所有権が移転する効果は発生しません。
4 本件における検討
(1)不動産売買契約の効力
本件で使われている契約書をよくご覧下さい。
AAPカンボジアその他の売主の国内販売代理店が作成した「日本語の契約書」です。
契約書作成時にカンボジア王国の公証人がわざわざ日本に来て立ち会ったという事
実もないはずで、日本語で書かれているということから、一見して、カンボジア王国に
おける公正証書ではないことは明らかです。
よって、本件詐欺で使われている不動産売買契約は、そもそも、カンボジア王国に
おける公正証書による不動産売買契約書の作成がないために要式を欠き、カンボ
ジア王国内では、不動産売買契約としての効力は発生していません。
(2)不動産所有権移転の効力
不動産売買契約自体の効力が発生していないので、所有権移転の効力について記載
するのも無意味ですが、一応、指摘します。
カンボジア不動産売買の所有権ないし共有持分分権の移転の効力は、州・首都レベルの
地籍管理所に登記がなされなければ発生しませんし、部屋の特定がなされておらず、
部屋番号はおろか、各部屋の広さも不明で、対象不動産の特定が全くなされていない
場合には登記申請は受理されず、共有持分の所有権が移転することはありません。
FIRST不動産、S.F.C.、JPAが使用している不動産売買契約書は、このタイプです。
アセアンエステートが使用している売買契約書は、部屋番号こそ特定されていますが、
そもそも公正証書で作成されていませんので、いずれにしても所有権移転の効力が発生
することはありません。
(3)まとめ
以上により、FIRST不動産らの勧誘によりカンボジア不動産購入をしてしまった人は、
カンボジア王国内では、カンボジア王国のアパートメントの所有権ないし共有持分権について、
正式な権利は何も取得できていないのが実情です。
実際、本件では、購入者の元には「所有権」の証明書として、不動産登記簿謄本ではなく、
パソコンでプリントしたものを思われる、単なる売主名義の「証明書」が交付されているだけです。
上記の内容については、国立国会図書館調査及び立法考査局海外立法情報課坂野一生氏の論文、
「カンボジアの外国人区分所有法」が大変参考になりますので、ご紹介いたします。